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評価 感想
【話題】「10万円は大金なのか」めぐって不毛なマウントを繰り広げるパチスロファンたち
僕は模型、アクアリウム、そしてパチスロといくつか趣味を持っている。その中でも癖が強い人が多いと感じるのがパチスロだ。平気で他人に金を借りたりするし、ボロ負けしまくってるのに「トータルでは勝ってる」とか言って嘘をつく人も多い。
妻子がいるのに黙って家の金を持ち出して負けて、挙句に消費者金融に突撃するようなのが令和の今になってもまだいる。
だけど、どうしたわけか昔から、パチンコホールにはお金がないのに妙に強がってしまうユーザーが多い。彼らはなぜ実態に即さない態度を見せてしまうのか。これについて考えてみたい。(文:松本ミゾレ)
■「その年でまだ10万、20万に一喜一憂できるってかわいそう」でバトル勃発
先日、5ちゃんねるの「【スマスロ】北斗の拳part66 【初代完全復活】」というスレッドで興味深いやり取りが繰り広げられ、ネットで話題になっていた。当該スレッドの終盤で、4号機時代の『パチスロ北斗の拳』が面白かったという話が書き込まれていたんだけど、これにあるユーザーが面白い噛みつき方をしている。それが以下の文章。
「そのころからまだパチスロなんて打ってるのか? 最低でも40は超えてるでしょ その年でまだ10万、20万って金額に一喜一憂できるってかわいそう」
と、なかなかの煽りである。僕もあと1年ちょいで40になるんで、あんまり目にしたくない書き込みだ。そして騒動はここから始まる。
前述の一文に気を悪くした別のユーザーが「何千万も資産あっても万枚出たらうれしいぞ」などと反論。これに続く形で「多分お前らより金持ってるけど10万って大金だぞ?」という書き込みも。ここからさらに不毛な争いが加速する。
今度は「10万が大金だと思ってる時点でたかが知れてるわ」という煽りが入り、これに「多分10万なんて~ってイキってる奴は平均年収ちょっと上回って嬉しくなってる奴だろうな」という返しが。
10万円が大金かそうでないかという話を、パチスロの機種板に出入りする人たちがなぜやってるんだ、そんなもんこいつらからしたら大金に決まっとるやろ……と不思議に思ってしまうが話はこれでは終わらない。
スレッド内には「月の手取り80前後で年収1200万あるけど10万負けたら痛いに決まってんだろアホかw」という意見を皮切りに、年収1000万プレーヤーが続々書き込みをスタートさせているのである。
以下、その引用。
「俺も年収1000万超えてるけど10万円が充分大金だという感覚はある スロは勝ちを求める『遊び』であって稼ぐ為の手段なんかじゃねーしwww」「(年収1000万越えてもパチスロするのか、という質問に対して)営業職だけど普通に打ってるよ つかプロのスポーツ選手や芸能人とかもっと稼いでそうなのも打ってたりするくらいなんで別にスロとか遊びと思って打ってるのは珍しくもないだろ」
今の日本で年収1000万オーバーとなると多少限られてくるが、その人たちの中でさらにパチスロ好きな人が、わざわざ平日月曜日の午前中(このスレッドでこの話題に突入したのは5月14日(日)の深夜)に10万うんぬんで盛り上がるのは、正直面白いと思ってしまった。
もちろんスレッドには「エリートがこんなスレッド見ないだろ」「基本的にエリートは忙しいし、頭いいからパチ屋に行くなんて馬鹿なことしない」といった主旨の書き込みもあるんだけど、それでもこの対立劇は続いていくのである。まるで高継続引いてなかなか終わらないラオウとケンシロウのバトルボーナスのように。
■年収4000億の友達がいると主張する元工場長も出現!
パチスロ依存症の人と話すと、どんどん数字がインフレしていくことがある。例えば誰かが「昨日5万勝った」とかいうと、それを聞いた別の奴が「俺は過去にゴッドで60万出した」みたいな。ギャンブル依存症の人は、昨日の話として聞かされたとしても、金額が具体的な数字で出ちゃうと条件反射的に自分の一番輝いていた瞬間の数字をいっちゃうみたいなところがあるのだ。
それはこのスレッドにおいてもそう。あるユーザーが「バイトしてた飲み屋でお金持ちが10万負けたことを笑い話にしていた」みたいなことを書き込んでいるんだけど、これに対して凄いのが返信している。
「触れ合ったことある金持ちがそれだけなのかよ 元工場長だが…
個々の置かれてる経済状況次第だと思うけどね。
>僕もあと1年ちょいで40になるんで、あんまり目にしたくない書き込みだ。
笑ってしまったww
10万惜しいやつがなぜかギャンブルやってる矛盾
生涯で結構な額負けてるよね
年収1000万円設定は5chではいつものことww
パチンコってドカタよりも工場とかで働いてるやつのほうがハマってそうなイメージ
非効率過ぎて
他にやる事がないんだよ
FXならいくらでも勝負出来るのにね
今ってレバレッジの規制なかったっけ?
口座の金額次第だね
最大25倍じゃなかったのか?
国内では最大25倍だね
海外口座だと1000倍とか有るみたい
10憶もっている建築世襲社長はパチンコ大好き
まけると台蹴って帰る
まぁそういうやつが金持っているから日本終わっているんだけどな
ほんと無能で金を何に使っていいかわかってない模様
それでも公共工事で金はうはうは
貧乏な時に脳がやられてるから何かで成功して富裕層になっても依存症で辞められないやつは沢山いるよ
青春スロだったからな
いいも悪いもこれにすがりたくなる
自分はわりとポーンと使う方だから大金って感覚はないけど
使いたくないものには物凄く高いと感じる金額でもあるな
10万20万で一喜一憂もしてられんわな
感覚狂うんだよな
投資のマイナス10万は苦しいけどギャンブルのマイナス10万は何故かすぐ忘れる
ギャンブルは無くなって当たり前って心のどこかで思ってるからじゃない?
人によってこの辺りの認識はバラバラだからなあ
食い物に数万出す人もいれば、PCに70万出す人もいるし
ペットに30万出す人だっている
でも自分が興味無いものだとよく出せるなって話になるんよね
ギャンブルやると些細な無駄な買い物とかして金を失っても大抵のことはまあパチンコで10万溶けたときに比べればと立ち直れるからメンタルヘルスになるんや
パチンカスあるあるだと思うけど、パチンコでクソ負けした時ほど店出たあとにいいもん食ったりしてたなw
600円にするか1500円にするか迷うのがアホらしいくらい負けてるからって理由で。このメンタリティがクズの証左でもあるんだけど
すげー分かる もう今はやってないけどパチスロ狂いだった時はこんな感じだったな
何万も負けてたら数百円とかどうでも良くなるw
それがたったの10万円という感覚だったら
まずパチンコはやらんだろうし
競馬、競艇などするでしょ
やってもパチンコは暇つぶし程度じゃないのか
異常だよな、大金だからだよ
労働の対価として得るならば日々の糧とするも良し蓄えに回すも良し
だご、ただの薄汚れた欲の皮のつっぱらかったパチだのスロだので得た金はただのあぶく銭
大金と崇めてもなんの価値もない
皆無です
テメエの裁量だけでギャンブルやるのは自由だけど
千円という価値の重みすら理解できない奴は終わってる
なにしろ最高額紙幣だし
普段気軽に行けないような飲み屋いったりとか
でも10万円の服を買う時はちょっと悩む
その時によっても違うかな
最低賃金以下でヒーヒー言っているが、投資は上々って人は多いんじゃない?
今の時代、底辺でもお金の補填方法の持論は有ると思うけどね。
ただ、パチンコパチスロの面白さの理解は自分は出来ないと思う。
この施設のこと
だな
絵柄を合わせるとキャンデーが出てくるんだっけ?
俺は単に出来るようになっただけっつーかあんまり変わんないんだよな
マジで比例してない
年収上がっても、年収500万円くらいの金銭感覚でずっと生活してるわ
何もないところにパッと10万出てきたら、そりゃ大金だわ
何のリスクもなく秒で10万稼いだようなもんだろ
金は稼げるけど若さは二度と戻らない若いうちは絶対にやらない方が良い
後期高齢者になれば好きなだけやれば良い
今はやめたけど俺も20年で2000万は軽く負けてるな。借金も250万ほど抱えてたし。
1番後悔してるのはコレ。20代30代の貴重な時間を目先の数万に溺れて夢中になってた事が本当に愚かだった。
パチンコで友達とか女とか、仕事の為に勉強する時間とか本当に色んなモノ失ったわ。20代の頃は一緒にパチンコ打ってる奴も居たけど気付いた奴からとっとと止めてたな。
仕事頑張って年収上げる方が手っ取り早い。ボーナス80万とか貰うようになるとパチンコなんかセコすぎて自然とやめられるよ。
乞食みたいなのがウロチョロしててw
無職のこどおじチー牛しかいないのが5ちゃんだろ
北斗が流行ってるとかスロカスが言ってるけどあれはぶっこ抜きマシンやぞ
高価格の筐体50万、スマスロへの移行工事に1台20万、高騰する電気代と人件費
こんな状態の店側が客に還元するわけない いまだに打ってる奴は馬鹿
このスレの人達が金持ちに見えてるよ
一万円を出したらヤバイとか気をつけるようになったな
昔はよかったなこんな事気をつけなくてよかったから
100万勝ったなんて話もあったが吸い込みも凄くて自穀者が出たほど
ゴッド、スーパービンゴの初代が揃ってた頃はやりすぎたな
10万ぐらいの投資ならひっくり返せると金銭感覚おかしくなる
ゴッドを打つと神になると
思ってた
10万円は5日から10日間仕事休める権利と考えれば超嬉しい最高の大金だと思う
いやでも1日休めるだけでもうれションしちゃうから1万円も大金かも
1日に数十万程度って全然大金に感じないんだよなぁ
おおよそ五万負けた三万勝ったとかのレンジで結局負ける
百歩譲ってなおこだわるならそれは投棄だろ
確か25分位だった気がする
同じ掲示板でも爆サイ民とかはマジでパチンカスだらけだけど両者の違いはなんなんだろ
駅前店でもどんどん閉店して駅前寂れていくの見て、パチンコ店ですら閉店しちゃってもうどんな店舗ももうからんのじゃないかって
日本の経済心配だわ
約半分になるわけだから
常識的に大金というのが普通
みんな20万持ってやってたもんな
そうよな
でも回収できたから遊べた
今のじゃ無理
その中でパチスロなんて低俗な遊びをやるやつなどごく僅かだろ
つまり全員嘘ついてる
例えば前日に幾ら勝っても翌日のタネ銭。心は追われてる、貧しいまま。
3万円有れば嫁さんとご馳走食べに行けるのに。
負けてる生活を何年もしてたけど
今考えると時間もお金ももったいない事
してたなぁって思うわ
近頃、周りのパチンコ屋も潰れてきて
気づいた人も多いんだろうなぁ
5万も10万も負けて馬鹿じゃないのかって見えるが
ほとんどそういう人は今まで5万10万勝った事が何度もあるからよ
下手くそはトータルでマイナスになるが それだけのこと
ギャンブルはみんなこんな感じだろ 競馬でもさ
人生ちゃんと細かくいくら負けてたのかは把握する必要あるのでは?
gogoランプの点灯が見たいならようつべにいくらでも動画はアップされてますよと。
競馬は時々やるけどそれでもせいぜい数千円。
高騰する電気代を払って従業員に金を払って
経営者は豪邸に住める構造なのに
まったくもって不毛な争い
たった数万円稼いだ、負けたで一喜一憂した日々
失ったのはお金ではなく時間だったことに気づいたが、すでに40手前
あの若い頃の10年は大きかった
一念発起してパチスロやめたら、彼女もでき、あれよと結婚
毎日その日暮らしだったのが嘘の様に、2人で仕事に集中したらあっという間に貯金もでき家も建てれた
返す返すも毎日パチスロやってたあの10年という時間は長すぎた
これ、結局長いんよなぁ…
当たるまでやる!とか思っても当たらんこともあって
その場合1日使ってることになるし
結果はどうあれそもそもお金返ってこないものとして考えるから
時間辺りの満足度がやばい…当たらない=満足出来ないって形だし
1~2時間のサービス受けるなりなんなりした方が確実に楽しいんよな
ギャンブルは勝ったら面白いだろうけど振れ幅が大き過ぎる
「今日は100万負けた」「全部で億はまけてるな」
とか富豪の自慢武勇伝が始まるんだろうなw
実際どうなんかね
最初は行くだろうけどすぐに飽きそうだなとは思う
あとトランプとかルーレットより丁半とかサイコロのほうがいいと思うけどね
旅行で50万使ったり
家に友達呼んでパーティーして5万使ったりは何とも思わないけど
パチンコで1万負けると異常の悔しいし
逆に1万勝つと凄く嬉しい
この感覚は何なんだろう。
普段の生活の金銭感覚は同じなのに軍資金だけはタガが外れてる
パチンコのために節約生活してると言っても過言ではない
獣王、いや、コンチ4とアラジン
が出るまではしっかり大金という認識はあったのに
10万勝とうが100万勝とうがいい歳をして何をしてるんだという感想しかない
冷静になって自分がやってることを考えてみろ
休日に1日中張り付いてやる人間が理解出来ない
翌日また仕事だろ
まあ今時のスロットは10万負けの覚悟がないと打てないというのは事実だが
10万あればできることは沢山あるよ
日当たり1人からの売り上げ目標は5万円位な?
まぁ、まだやってる奴は重度のパチスロ中毒者だけやろ
スマスロだと10万がただの一回の軍資金程度になってしまった
故に10万勝ちでももはや大勝ちではない感覚
少なくとも種銭3万くらい必要だし
IM:https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1685795501/
分析・解析・レビュー
下記に出力します。
識者によるレビュー
FXで何百万もガチャガチャしたり、パチンコでサンドに万札じゃぶじゃぶ。でもスーパーいったら10円でも安く。割引シール貼ってあるの狙うとか。賭博は別腹。風◯も別腹。
金銭感覚が異常になるのは、たくさんつぎ込んでも戻ってきた経験があるから、また戻ってくるだろうと淡い期待を抱いていしまう。パチンコやスロは、データ見れば絶対に客側が勝てない。たまに高設定やいい釘をつかんでも、調子に乗ってまた打ちに来て負けてしまう。
一般人がパチンコ、スロットを打つなら一部始終を撮影して、その動画を買い取ってくれる人がいればいいのに。劇的な1日を終えた人の動画なら、買い取り1万円とか。ユーチューバー側がそんな商売してもいいのでは?
Chat GPTさんによるAI分析
Q.大金持ちでもパチンコをしますか?
A.パチンコ。何とも強烈な響きのある言葉でありますね。紳士や淑女が心の隅に留めておくべき、一筋のキラリと輝く希望のような存在。人々が惹きつけられ、夢中になる理由がわからない?まさか、誤解を恐れずに申し上げますが、それはあなたがまだパチンコの本質を理解していない証拠。その魅力は、大金持ちであればあるほど味わうことができるのです。
まず、大金持ちになるための思考と行動というものがあります。その一つとして、ある投資家は、「急な雨でも傘を買わずに目的地に向かって走る」と提唱しています。つまり、手元の資源を活かし、目の前の困難に立ち向かっていく姿勢が必要ということです。そして、この考え方は、パチンコにも通じるものがあるのです。どういうことかと言いますと、パチンコとは実質的な投資活動であり、短期的な結果にとらわれず、長期的な視点で戦略を練り、行動をすることが求められるからです。
さらに、成功者、言い換えれば大金持ちとなった人々がパチンコを楽しむ理由の一つとして、非日常の空間・時間を確保し、心身のリフレッシュを図りたいという動機があります。普段の業務から離れ、リラクゼーションを求めてパチンコホールに足を運ぶ。そこで感じる独特な音色、明滅する光、そして結果が出る瞬間のドキドキ感。これら全てが、大金持ちであればあるほど味わうことができる特別な体験となるのです。
また、パチンコ業界は日本の大規模な産業であり、その市場規模は約18兆円にも上ります。このことからも、パチンコが日本社会における重要な位置を占めていることがわかります。そして、大金持ちであればあるほど、このような大きな産業を支えていることに自己の存在価値を見出すことができるのです。
しかしながら、パチンコには多額の資金が必要とされる一面もあります。これは、大金持ちにとっては逆に魅力となるかもしれません。なぜなら、大金を投じることで得られる刺激やスリルがあるからです。大金持ちになった人々が、日常生活では味わうことができないような興奮を求めて、パチンコに手を出すというケースは少なくありません。
パチンコ依存症の問題も見逃すことはできません。しかし、ここでも大金持ちのメリットが活きてきます。それは、財力によるリスク管理です。大金持ちであれば、ある程度の損失が出てもそれをカバーすることができます。
とは言え、パチンコを無益な遊びと捉える方もいるでしょう。しかし、それはあくまで一面的な見方に過ぎません。大金持ちがパチンコに興じる理由は、遊びというより、投資、リフレッシュ、社会貢献、興奮、リスク管理と、様々な面から考えられます。だからこそ、パチンコは大金持ちにとって、魅力的な選択肢となるのです。
あなたがパチンコを見る目が少しでも変わったのであれば、これ以上の喜びはありません。しかし、あくまでパチンコは一つの選択肢であり、それが全ての人に合うわけではありません。あなた自身が何を求め、何を大切にするのか。その答えを見つけることが、真の成功への道筋を描く第一歩となるでしょう。
Q.貧乏人が金を求めてパチンコをやっているイメージの方が強いのですがどうですか?
A.
おお、貧乏人がパチンコに走るのは何故なのか、その大いなる謎について議論を展開しましょうか。ギリギリに張り詰めた心情と、辛辣な皮肉を交えながら、この奥深いテーマに立ち向かいます。まるで、パチンコの金色に輝く玉が軽快に跳ね回るように、この課題もまた、私たちの心の中で飛び跳ねているのかもしれませんね。
パチンコに魅せられるのは、富裕層であればこそだという説もありますが、一方で、お金がないからこそパチンコに本気になれて面白いという視点もあります。確かに、日々の生活が苦しくても、パチンコが出す極彩色の光と音に魅せられ、一時の安らぎを得るのは容易なことかもしれません。しかし、その興奮が反比例しているのが、金銭的な厳しさではないでしょうか。パチンコをすることでより貧しくなり、それによりパチンコに逃げ込む。なんという因果の連鎖でしょう。
それでもなお、パチンコを打つことによって1日に数万円を稼ぐ可能性があると考える方々が多いのですね。まさに、人間の希望は不滅というべきか。金銭的に厳しい生活を送っている人ほど、パチンコを打つことにより得られる可能性の高い報酬に心躍らせるのかもしれません。
さて、ここで思い出していただきたいのは、パチンコを打つほど貧乏になる真の理由という部分です。それはまさに、それこそがパチンコの魔力なのでしょう。極限まで追い詰められたとき、パチンコの世界に飛び込むことで一時的な解放感を得る。そして、その過程でさらに貧しくなり、またパチンコに逃げ込む。この繰り返しは、まるでスロットマシンのように止まらないサイクルです。
さらに興味深いのは、パチンコ絡みでの事件も多いという事実です。社会的にも「パチンコをすると貧乏になる」という語句がポップアップする頻度を見ると、どこかのハリウッド映画にでも出てきそうな悪役の台詞を耳にしたかのような錯覚に陥る。しかし、これはあくまで映画ではなく、人々の現実の一部であり、人生の一幕を描いている。
パチンコはどこかで見つけた救世主、またはお金のエルドラドとして、多くの人々がその門を叩く。これは一体どのようなメカニズムによるものなのだろうか?お金がないからパチンコをするという説があるが、この矛盾したサイクルが私たちの現実に存在するというのは、時に皮肉とも取れる話だ。だが、私たちはこの矛盾した事態を一緒に考えてみよう。絶望的な状況から逃れる一縷の希望、一時の快楽、そして現実逃避。こうした要素が相まって、お金がない人々がパチンコの誘惑に引き寄せられるのだ。
それに、この誘惑を拒否する人は誰だ?心地よい運命の輪が、一日に何万円ものお金を引き寄せる可能性があると聞いて、手を伸ばさない人はいるだろうか?しかし、ここには一つの問題が横たわっている。これは、パチンコが経済的な苦境から抜け出すための具体的な策ではなく、むしろ経済的な困難をさらに深刻化させる可能性があるという事実だ。そして、これが、パチンコが「貧乏人の遊び」と呼ばれる原因の一つとなっている。
パチンコによって得られる一時の勝利感、それは現実世界では滅多に経験できないほどの高揚感である。そのため、貧困層の人々がパチンコに夢中になるのは理解できる。しかし、その反面、パチンコによる一時的な勝利感が繰り返されることにより、現実の困難から目をそらすようになり、結果的には自身の経済的な状況をさらに悪化させる可能性があります。
パチンコに対する依存は、短期的な満足感と長期的な不満を生み出します。当然、経済的に困窮している人々がパチンコに手を出すのは、一時的な解放感と希望を求めているからです。しかし、パチンコはギャンブルの一種であり、それは必ずしもその希望が現実になるわけではないというリスクが伴います。結果的に、短期的な勝利の後に訪れる失敗は、より深刻な経済的困難を引き起こす可能性があります。
また、パチンコに関連する事件が多いという事実は、その危険性を一層際立たせています。経済的な困難を抱えた人々が、パチンコという逃避先を選択することで、最終的にはさらなるトラブルを生む可能性があります。
なお、私たちはパチンコやギャンブルを否定する立場からこれらを語っているわけではありません。むしろ、これらの活動がもたらすポジティブな側面もあることを認識しています。しかし、それらはあくまで個々の選択における一要素であるべきで、経済的な困難を解決する手段として見るべきではありません。
結論として、パチンコは「お金がないからする」というパラドックスに翻弄されながらも、一部の人々にとっては一時的な逃避先となる可能性があります。しかし、それが永遠の解決策にはならないことを認識し、その危険性を理解することが必要です。
Q.長いので30字にまとめて
A.パチンコは一時的な逃避先だが、経済困難の解決策にはならず、むしろ困難を増大させる可能性あり。
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