
『上田晋也のサンデーQ』で百貨店と街の変化が話題に
2026年10月4日放送の『上田晋也のサンデーQ』では、暮らしや社会を巡るさまざまな話題が取り上げられた。MCは上田晋也、進行は浦野芽良アナウンサー。菊地亜美、島崎和歌子、新川優愛、DAIGO、ダイアン津田篤宏、本髙克樹らが出演した。
放送中、特に意見が広がったテーマの一つが百貨店と買い物を巡る変化だった。渋谷、新宿、池袋など東京の街の記憶とともに、かつて百貨店が持っていた特別感、現在のネット通販や専門店との競争、若い世代にとってのブランドの意味などへ話が広がった。
意見では単純に「百貨店は古い」と切り捨てるのではなく、子どもの頃に感じた特別な空間としての記憶や、贈答品を買う場所として現在も利用しているという体験が語られた。一方、どこでも同じ商品を買える時代に、わざわざ百貨店へ行く理由が薄くなったという指摘も強かった。
「子どもが憧れる空間を削減した」百貨店の特別感を惜しむ意見
印象的だったのが、百貨店がかつて持っていた「子どもにとっての特別な場所」という役割を指摘する意見だった。「子供が憧れる空間を削減したから、その子供が百貨店に魅力を感じないまま大人になった」という見方である。
これに同意する形で、子どもの頃に連れて行かれた百貨店について「キラキラした空間や、欲しい物がなんでもあるってのが良かった」と振り返る意見もあった。単に商品を購入する場所ではなく、普段とは違う雰囲気そのものが体験になっていたというわけだ。
ところが現在は、街中の商業施設やネット通販でも多くの商品を購入できる。百貨店の中に他の商業施設でも見かける店舗が増えれば、「わざわざ行かなくていい」と感じる人が出てくるという指摘もあった。
百貨店側が幅広い客層を呼び込もうとして店舗構成を変えても、その結果として昔からの特別感が薄れてしまう。便利さを増やすことと、そこへ行く理由を残すことは必ずしも同じではないという難しさが浮かんだ。
通販の普及で「どこに住んでいても買える」時代に
買い物環境そのものが変わったという意見も多かった。「今は服でもどんな田舎でも通販で買える」という指摘は、百貨店を取り巻く状況を端的に表している。
以前は都市部の大型店舗へ行かなければ手に入らない商品があり、百貨店へ出掛けること自体に目的があった。しかし現在はスマートフォンから商品を選び、自宅へ届けてもらえる。服や本などを店頭で買う機会が減ったという体験談もあり、消費行動そのものが変化している。
一方、すべてが通販へ移ったわけでもない。化粧品など実物を見たり相談したりして選びたい商品もあり、店舗ならではの価値は残っている。また、ネットで買える商品でも、誰からどこで買うかを重視する場面は存在する。
百貨店に求められているのは、単純に商品数を増やすことではなく、ネット通販や他の商業施設では得にくい体験をどう作るかではないかという方向へ意見は広がった。
「手土産は今も百貨店」包装や紙袋にも価値
百貨店を現在も利用する理由として具体的だったのが、贈答品や手土産である。「手土産持って行く時は未だに百貨店で買って行く。特に年寄り相手の場合」という体験談があった。
これに対して「紙袋と包み紙に意味がある」という意見も出た。同じ商品でも、どの店の包装で渡すかによって受け取る側の印象が変わるという感覚である。
自分で使う日用品なら価格や利便性を優先して通販を選んでも、人へ渡す品物では店の信用や格式を重視する。百貨店の価値が「商品を置いている場所」から、「安心して贈り物を選べる場所」へ変化していることを感じさせる意見だった。
また、富裕層は外商を利用するという意見もあり、一般的な買い物客が減っても、百貨店にしかないサービスを必要とする層は残っているとの見方もある。日常の大量消費を担う店から、特定の用途や客層に強い店へ役割が変わっているという捉え方だ。
若者のブランド離れではなく「ブランドが多様化した」の声
若い世代とブランドを巡る話でも意見が分かれた。「自分の見栄のために買い物する時代は終わった」と考える人がいる一方、「ブランド志向はあるよ、多様化しただけ」という反論もあった。
かつては高級ブランドや百貨店で買うこと自体が分かりやすいステータスになったが、現在は価値を感じる対象が細分化しているという見方である。高価であることや有名であることだけではなく、自分の趣味、機能性、着心地、デザインなどを優先する人が増えれば、従来型の百貨店だけでは需要を捉えにくくなる。
「シンプルなデザインが流行りで今は楽で良い」という意見もあり、服装や買い物に対する価値観が以前より自由になったと感じる人もいた。
百貨店へ行かなくなったことを、そのまま若者の消費意欲低下と見るのは単純すぎる。使う場所が通販や専門店へ移り、何に価値を感じるかが分散しただけではないかという見方が示された。
渋谷や新宿の記憶から街そのものの変化にも話題が拡大
百貨店の話から、渋谷、新宿、秋葉原など街そのものの変化を振り返る意見も相次いだ。若い頃は渋谷より新宿へ行っていたという人、秋葉原へ音楽や電気製品を求めて通ったという人など、それぞれの世代が持つ街の記憶が語られた。
現在の渋谷については、人の多さを実感したという体験談がある一方、「ごちゃごちゃした渋谷なんて行きたくない」と距離を置く意見もあった。街がにぎわっていることと、昔からの利用者にとって魅力的であることは必ずしも一致しない。
百貨店の変化は、一つの企業や店舗だけの問題ではなく、都市の中心部へ何を目的に人が集まるのかという変化ともつながっている。買い物だけなら自宅で済む時代に、実店舗と街がどんな体験を提供するのかが改めて問われている形だ。
百貨店は消えるのではなく「行く理由」が変わっている
今回の放送を巡る意見では、百貨店を懐かしむだけではなく、なぜ以前ほど足を運ばなくなったのかについて具体的な体験が多く語られた。通販の普及、専門店の増加、ブランド観の多様化によって、日常の買い物で百貨店を必要とする場面は確かに減っている。
その一方、手土産や贈答品、化粧品、外商など、信用や接客を含めた価値を求める場面では今も存在感がある。「紙袋と包み紙に意味がある」という意見は、ネット通販では置き換えにくい百貨店の役割を象徴していた。
子どもが憧れる特別な空間から、目的を持って利用する場所へ。『上田晋也のサンデーQ』をきっかけに広がった議論からは、百貨店が単純に衰退しているというより、人々が百貨店へ行く理由そのものが変化している様子が浮かび上がった。
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