『薬屋のひとりごと』第3期、第49話「蝗」で再始動

テレビアニメ『薬屋のひとりごと』第3期が10月2日にスタートし、第49話「蝗」が放送された。子の一族の反乱後、後宮の毒見役を解任された猫猫は花街へ戻り、再び薬師として生活している。一方、皇弟であることを公にした壬氏は正式に政務へ加わり、楼蘭から託された「国を襲う災害の予兆」と向き合うことになった。

第49話では、猫猫と趙迂が緑青館で蝗の煮つけを食べる場面から、やがて国全体を揺るがしかねない蝗害へと話がつながっていく。第3期の初回ながら派手な事件を前面に押し出すのではなく、食べ物や過去の記録、人物たちの会話から少しずつ危機の輪郭を見せる構成となった。

放送後には「相変わらず30分が短く感じる」「難しい話が分かりやすくなっている」と、第3期でも作品らしい見せ方が続いていることを評価する意見が出た。その一方で、蝗とバッタの違いや壬氏の現在の立場、新たに登場する人物をめぐって確認し合う意見も多く、初回から情報量の多さが話題になっている。

「難しい話が分かりやすい」蝗害を物語へ落とし込む構成

特に評価されたのが、蝗害という大きな災害を日常の場面から段階的に説明していく構成である。「コミカライズも読んでいるけど、アニメもいい。難しい話が分かりやすくなっている」という意見があり、映像と会話によって状況を整理しやすくなったと受け止める人がいた。

今回の題名は「蝗」。猫猫と趙迂が口にする蝗の煮つけという身近な食事から始まり、それが大量発生した場合には農作物を食い尽くし、飢饉や社会不安にまで発展しかねないという話へ広がっていく。前期までの陰謀劇とは異なる種類の危機だが、薬学や生物の知識を事件へ結び付ける本作らしさは変わっていない。

「バッタの大群は実際にあったから怖い」と、現実の災害を連想した意見もあった。また、作中で示される情報から「単なる虫退治の話ではない」と受け止め、国の存亡に関わる問題として今後の展開を警戒する意見も見られた。

猫猫が最初からすべてを知っているのではなく、趙迂の言葉や過去の情報を手掛かりに考えていく点を自然だと見る意見もある。「専門分野でもなく、都育ちの猫猫が最初から知っている方が不自然」という見方で、主人公の知識だけで即座に答えを出さない展開を評価していた。

「イナゴなのかバッタなのか」虫の違いで議論白熱

放送後に特に盛り上がったのが、蝗害を起こす虫をどう捉えるかという話題だった。「タイトルは蝗だけど、内容はバッタの話ということでいいのか」と疑問を示す意見があり、そこからイナゴとバッタの違いを説明し合う流れが生まれた。

「蝗害はイナゴの害という意味ではなく、群生相に変化したバッタによるもの」という説明や、日本で一般的にイナゴと呼ばれる虫とは分けて考えるべきだという意見も出た。一方、作中の絵がどちらを表しているのかを細かく確認する人もおり、一つの言葉からかなり踏み込んだ議論へ発展している。

さらに「蝗害のバッタを捕まえて食料にできないのか」という疑問も出た。これに対して、大量発生時の個体は常に移動しながら植物を食べ続けるため、普段食用にされるイナゴと同じ感覚では考えられないという意見が寄せられた。

作中では朝食として虫を食べる場面があるだけに、「イナゴを食べたことがあるか」という話題まで広がった。長野などで佃煮として食べる文化を思い出す意見もあり、物語上の危機だけでなく、日本の食文化まで連想させる題材となっていた。

壬氏の立場に「いつの間に皇弟を表明?」と再確認する意見

第49話では、壬氏が皇弟として公の場で政務に関わるようになったことにも注目が集まった。「壬氏がいつの間にか皇弟を表明していた」と驚く意見があり、第2期終盤の展開を改めて確認するやり取りが見られた。

これまで壬氏は後宮を管理する宦官として振る舞ってきたが、子の一族を巡る一件を経て立場が大きく変化している。第3期では猫猫が花街へ戻った一方、壬氏は政治の中心へ近づいたため、二人がそれぞれ別の場所から同じ危機へ接近していく構図になった。

「第2期はどう終わったんだっけ」と振り返る意見や、「開幕から人物関係がややこしい」という意見もあり、長く続く物語ならではの情報量に戸惑う人もいた。羅半や陸孫など周辺人物についても、誰がどの立場だったかを確認する動きがあり、第3期初回は新章の開始と同時に前期までの関係を思い出す回にもなっている。

一方で、人物が多くても「相変わらず30分が短く感じる」という意見が出ている。説明が中心になりやすい初回でありながら、次々と情報が提示されるため、長く感じなかったという評価である。

新OP・EDと予告BGMには評価が分かれる

第3期への切り替えに伴い、音楽面の変化にも意見が集まった。新しいオープニングとエンディングについては「少しパワー不足に感じる」という意見があり、前期までの楽曲への思い入れを持つ人からは厳しい評価も出ている。

さらに「第2期まで使われていた次回予告のBGMが変わったのが寂しい」という意見もあった。ストーリー本編だけでなく、毎週聞いてきた音楽も作品の印象を作っていたため、第3期で細部が変わったことを敏感に感じ取った人がいたようだ。

その一方で、作品本編については「アニメもいい」「難しい話が分かりやすい」と肯定的な意見があり、音楽への好みと物語への評価は分かれている。第3期初回として大きく雰囲気を変えるのではなく、これまでの物語を引き継ぎながら新たな危機を提示した点には期待が向けられている。

第3期の最初から「国を襲う災害」へ

第49話を巡る意見では、蝗害という題材への関心が最も強く、次いで壬氏の立場、第2期から続く人物関係、新しい音楽への評価が大きな論点となった。

猫猫が花街へ戻ったことで一度は日常へ戻ったように見えるが、楼蘭が残した警告は国全体に関わる問題へつながり始めている。朝食に出された小さな虫から国家規模の危機へ話を広げる展開に対し、現実の蝗害まで調べながら見る人が出たことも今回の特徴だった。

「30分が短く感じる」という意見が示すように、第3期初回は説明の多い回でありながら、次の展開への興味を維持したまま終わった。猫猫と壬氏が別々の立場から災害の予兆へどう迫っていくのか、第49話は新章の入口として多くの材料を提示した回となった。