農業部アプリの中国祝日表示に「外注で済ませる話ではない」

台湾では、農業部の農業支援アプリ「農務e把抓」のAndroid版で、中国の10月1日の国慶節や8月1日の建軍節などがカレンダーに表示された問題を巡り、厳しい意見が相次いだ。農業部は10月1日、受託業者が開発時に使ったカレンダー部品が外部の祝日データを初期設定で読み込んだことが原因だと説明し、部品の交換と更新を実施した。陳駿季農業部長も2日、業者側のミスであっても農業部には監督責任があるとして謝罪した。

意見で最も強かったのは、原因を受託業者に求める説明だけでは納得できないという批判である。「誰が検収したんだ」という短い指摘に象徴されるように、発注した政府側が公開前に表示内容を確認していなかったのかという疑問が繰り返された。「業者の初期設定というのも変では」という意見もあり、なぜ台湾政府向けのアプリに中国の祝日データが残ったのかを詳しく調べるべきだという要求につながっていた。

外注先と検収体制を調べるべきだという批判

特に多かったのは、開発を外部へ委託したこと自体より、その後の確認工程への不信である。「外注はこういうことが起きる。でも安い」という意見がある一方、「外注して終わりではなく、検収も必要だろう」という批判が目立った。政府のデジタル事業である以上、納品されたものをそのまま使うのではなく、表示内容や利用する部品まで確認すべきだったという考えだ。

さらに「中国の業者へ再委託したのでは」という推測も多数あった。ただし、これは確認された事実ではない。取得した意見では、台湾向けの製品で中国の祝日が初期状態から出ることへの違和感から、開発経路や再委託の有無を調べるべきだという方向へ疑念が広がっていた。「契約に中国由来のものを使わない条件はなかったのか」「業者の背景を調べるべきだ」と、契約や調達条件に踏み込む意見も出ている。

「他の自治体ならもっと追及された」二重基準への不満

次に目立ったのは、政治的な立場によって追及の強さが変わっているのではないかという不満だった。「これが別の自治体ならもっと大騒ぎだった」という意見や、「自分たちの側なら業者の責任で終わるのか」という皮肉が繰り返された。中国との距離を巡る問題が台湾政治で敏感な争点になっているだけに、政府系アプリで中国の国慶節や建軍節が表示されたことを、単純な表示ミス以上に重く受け止める人が多かった。

一方、農業部はすでに修正版を用意し、他のアプリについても外部データの利用状況を点検するとしている。意見の中心は修正の有無より、「なぜ公開前に見つけられなかったのか」に置かれていた。「数発部は何をしているのか」と、政府全体のデジタル行政の役割分担まで疑問視する意見もあり、一つのアプリの誤表示から委託開発の管理体制へ論点が広がっていた。

政治家の物まね騒動では「昔なら普通だった」の意見

同じ台湾では、政治家の物まねを巡る別の騒動も議論になった。芸人の逸祥がテレビ番組で台北市長候補の沈伯洋を模倣し、沈伯洋の名前をもじった「沈脖癢」という名札を付けた写真をSNSで公開したところ、一部から「醜化している」と批判された。逸祥は、名称は自分が考えたものではなく番組側が用意したもので、候補者を攻撃したり特定陣営を応援したりする意図はないと説明した。

これに対して取得した意見では、逸祥や番組を批判する側より、批判した人々を「過敏だ」と見る側が圧倒的に目立った。「政治家をからかうのは普通では」という意見や、「以前の『全民大悶鍋』なら普通にやっていた」という比較が何度も出た。台湾でかつて人気を集めた政治風刺番組を思い出し、政治家の特徴を誇張して笑いにする文化そのものが弱くなったのではないかと惜しむ意見である。

「全民大悶鍋」と比べて窮屈になったとの不満

この話題で特に多かった具体例が、2000年代から政治家の物まねを数多く扱った「全民大悶鍋」との比較だった。「大悶鍋の時代はこんなことで問題にならなかった」「政治家は模倣されるくらい知られてこそだ」という意見が続き、今回の名札を強い攻撃とみなすことに否定的な人が多かった。

「一堆政治人物被悶鍋玩過」に相当する意見もあり、過去には与野党を問わず政治家が風刺の対象になっていたという記憶が引き合いに出された。また、「似ていない」「もっと別の芸人の方が似る」と、政治的な是非より物まねの完成度を笑う意見もあった。逸祥本人の容姿を材料にした個人攻撃は除いても、取得範囲では「風刺として許容される」という方向が明確に優勢だった。

言論の自由と支持者の寛容さを巡る批判

さらに議論は、支持者が政治家への冗談をどこまで許容できるかという問題へ広がった。「政治人物被調侃揶揄不是理所當然的嗎」に相当する、政治家は風刺や揶揄の対象になり得るという意見が中心である。「民主や自由を掲げながら、冗談には厳しすぎる」という批判も多く、番組内容そのものより、批判が集中した状況を問題視する人が目立った。

少数ながら、現在は政治的な物まねを安易に扱わない方がよいという意見もあった。「この時代は気軽に模倣できない」という趣旨で、選挙が近い時期には単なる笑いでも政治的な意図を疑われやすいという見方である。ただし取得した範囲では、この慎重論より「風刺まで封じるのは窮屈だ」という意見の方がはるかに多かった。

二つの話題で目立ったのは「基準が相手によって変わる」への不信

二つの話題は内容こそ異なるが、取得した意見で共通して目立ったのは「同じ基準が誰にでも適用されているのか」という不信だった。農業部アプリでは、別の政党や自治体なら中国との関係をもっと厳しく追及されたはずだという不満が多く、物まね騒動では、支持する政治家への風刺だけを許さないのはおかしいという批判が多かった。

農業部アプリについては、業者のミスという説明より検収と監督責任を問う意見が中心だった。物まね騒動では、「全民大悶鍋」の時代と比べて政治風刺への許容度が下がったという意見が中心である。少数には政治的な模倣を慎重に扱うべきだという意見もあったが、全体では政府や支持者に対し、立場によって判断基準を変えるなという不満が強く表れていた。