「コンプラでテレビがつまらなくなった」は本当か

人気芸人が、テレビが面白くなくなった背景としてコンプライアンス強化や予定調和を挙げたことをきっかけに、視聴者の反応が割れている。昔より制約が増えたという実感にうなずく声がある一方、「コンプラのせいにするだけでは違う」という反論も強い。

規制強化を問題視する側からは、少し攻めた企画でも批判を恐れて無難になり、出演者もスタッフも失敗しないことを優先するため、予想外の展開が減ったという指摘が出た。台本どおりに進み、同じ顔ぶれが内輪で盛り上がる番組ばかりでは、新鮮さが薄れるという不満である。

一方で、過去のテレビにはセクハラやいじめに見える演出、危険な行為、出演者への過剰ないじりがあったとして、それを「自由だった時代」と美化することへの警戒も目立つ。現在の基準に合わせて笑いを作るのがプロの仕事であり、規制が増えたこと自体を面白くない理由にするのは違う、という考え方だ。

宣伝ゲストと予定調和にも賛否

もう一つ大きな論点になったのが、番組宣伝を兼ねて俳優やタレントがバラエティーへ出演する慣行である。「本来の企画より宣伝が前に出る」「芸人同士の内輪感まで重なると視聴者が置いていかれる」という不満がある。街を歩く、食べる、買い物をするといった似た形式が繰り返されることへの飽きも指摘された。

しかし宣伝目的の俳優でも、番組に真剣に参加して意外な一面を見せれば面白いという擁護もある。芸人だけで固めれば必ず面白くなるわけではなく、異分野の出演者が入ることで予測不能な反応が生まれるという見方だ。問題は肩書ではなく、企画の中でその人をどう生かすかにある。

反応全体を見ると、「昔のように何でもやれば面白くなる」という意見が優勢なわけではない。むしろ、過度な配慮で無難になりすぎることへの不満と、古い価値観へ戻ることへの拒否感が同時に存在している。視聴者が求めているのは規制撤廃そのものより、今の基準を守りながら予定調和を破る工夫なのだろう。

テレビから動画配信やSNSへ視聴時間が移ったことも、番組の評価を厳しくしている。選択肢が少なかった時代とは違い、面白くなければすぐ別のコンテンツへ移れる。だからこそ「コンプラのせい」だけでは説明しきれない。企画力、出演者の組み合わせ、編集、そして生放送やトークならではの偶然性をどう取り戻すかが、現在のテレビに問われている。