寺院側が「テーマパークではない」と異例の対応

京都市内の寺院で、着物姿の来訪者を対象に拝観や立ち入りを制限する対応が注目を集めている。背景には、庭の白砂への立ち入り、ふすまを撮影道具のように動かして破損させる行為、本堂で無断の書道パフォーマンスを行い畳を墨で汚すなど、撮影目的の来訪者による実害が繰り返された事情がある。

反応では、単なる服装差別として見るよりも、文化財を守るための苦渋の措置だと受け止める声が優勢だ。「文化財は壊したら同じものに戻せない」「注意だけでなく警備員を置いた方がいい」「修繕費を請求すべきだ」と、被害が出た後の対応より、未然防止を重視する意見が目立った。

問題視されたのは着物そのものではなく長時間撮影

とくに不満が集中したのは、寺社や公園を個人撮影のスタジオのように使い、一般の拝観者が見学できないほど場所を占有する行為である。実際に京都で長時間の撮影を見たという人からは、カメラマンを伴う撮影やウェディングフォトで一室や景観の良い場所を長く使われ、普通に拝観したい人が待たされるという体験談も出た。

そのため「撮影専用日を設ける」「一般拝観時間とは分ける」「スマートフォンや撮影機材を制限する」といった提案が並ぶ。着物文化を楽しむ観光そのものを否定するのではなく、通常の参拝・拝観と商業的、あるいはSNS向けの長時間撮影を分けるべきだという考え方だ。

外国人だけの問題ではないとの指摘も

もう一つの論点は、マナー悪化を外国人観光客だけの問題にしてよいのかという点である。現地で外国人グループによる場所の占有を見たという声がある一方、「日本人観光客も自分さえ良ければという人が増えた」「SNSの承認欲求が行動を変えている」とする反応も確認できる。

共通しているのは、国籍よりも撮影優先の行動そのものへの強い反発だ。寺院は信仰と文化財の場であり、映える写真を撮るためのセットではない。今回の制限は厳しく見えるが、利用者側が節度を守らなければ、今後ほかの寺社でも撮影制限や立ち入り規制が広がる可能性はある。